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家庭教師による作文指導

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作文指導の一例

掛川・小笠地区作文コンクール入賞作品

 この作品を書いた子も結婚して子供がいると風の便りで聞いたくらいだから、かなり前の話だ。
指導しているスタッフからメールで貰った原文である。正直、指導責任者の私が思うに、うちのスタッフの指導が、作文指導があったのも事実だろうけど、ここまでの作品は児童本人の作品を書きたいという情熱によるものだろうね。作文指導なんてせいぜい2割ぐらいにしておかないと、おかしな文章(小説)になってしまうからね。

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 ちと、パソコンに公開するために多少校正をいれたが、家庭教師先の教え子の名文だ。 パソコンの中にしまいこんでおいても、宝の持ち腐れだから、公表しておこう。親御さんと児童には了解をもらっています。学校の先生が大分いじっくったので入賞作品とは違うだろうけど、これがワシの手元にある原文だ。泣けてくる良い作品だ。守秘義務があるので、伏字部分があることは容赦願いたい。タイトルは確か「父との約束」だったと思う。

「父との約束」

 早いもので、父の3回忌である。
 お寺の境内で父を弔うお経を聞きながら、改めて父がこの世にいないことを実感している。この席に父がひょいと現れて。あの声で「@@、今からでかけにいかざあ」と呼びかけてくれることはないのです。
 和尚様が、父の三回忌のお経の後に「お経の内容は亡き故人を弔う他に、今、この現世を生きている今日、参列している身内の方々がきちんと生きていますと仏様に報告している」とおっしゃっていた。
 私はきちんと生きているのだろうか。ふと疑問に思った。
 父が病に倒れる前は、土日にはいつも出かけていました。映画に行ったり、買い物に行ったりしました。
車の中での他愛もない会話。
父から聞かされた若い頃の自慢話。
タバコの匂い。
そんな父が大好きでした。
 しかし、そんな大好きな父が、病気をもっているとはこの時。知りませんでした。
 父は仕事柄、×××を扱う△△の仕事に従事しておりました。父の肺は、×××により、ボロボロだったのです。
 父が入院すると聞いたその日。私は父に
「病気が治ったら。必ずディズニーランドに連れて行って」とお願いしました。
「おう、@@。それは良いな。いかざぁ」と父も私も病気の怖さを知らずに、行けるものと思っておりました。
 父の病気のことは当時、母が父や私や兄に隠していたので、分かりませんでしたが、余命半年と医師から宣告されていたそうです。
 父の退院を日々、心待ちにしておりました。
 しかし。死の3日前に祖母が固い顔をして、私と兄をお見舞いに連れて行ってくれました。
 病室に入り、父の痩せ細った体を見ると正直、父と何を話せばいいのか、分かりませんでした。
 「お父さん。ディズニーランドはいいから、病気を治してね」やっとのことで声が出ました。
 父はか細い声で。「@@、約束を守れなくてごめんな」と言い、手を握ってくれました。その時、握った手はとても細く、力もあまりなく、正直、やせ細った父を見ているのが辛かったです。
 父が泣いている私に「もしお父さんが死んでもなあ、@@。お前の近くにいるよ。お父さんに話したいときには、目を閉じてごらん。お父さんが見えたら、言いたいことを言いな。お前が考えついた答えがお父さんの答えだ。だから@@は一人ぼっちじゃない。お父さんもいるし、お母さんもいるし、お兄ちゃんもいる」
 私はただ、泣いてうなずくだけでした。
 そんな優しい父が亡くなった直後から、母の病気が悪化しました。
お酒を飲んで、薬を多めに飲んでしまい、救急車で運ばれたこともありました。
今、母は◎◎病と闘っています。
 もし、母が病院に運ばれたまま帰ってこなかったらと思うときもあります。
 「今をきちんと生きる」和尚さんの声が耳に残っています。 
 だから、2学期からは学校にきちんと行って勉強しようと思う。それが父と相談した答えでもあるからです。

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